2015全日本無差別 大会リポート
文 全日本空道連盟広報部
写真 牧野壮樹・朝岡秀樹
[総評]
パーフェクトである。
今大会、清水亮汰は…
・組み技を打撃で制すること。
・小さな者が大きな者を制すること。
…空道の2つの理想を叶えたのだ。
しかも…
・空道以外に武道・格闘技経験のない〝純空道家〟が
・全日本無差別史上最年少で優勝
…というかたちで、である。
「組み技を打撃で制すること」と「小さな者が大きな者を制すること」は準々決勝、野村幸汰戦で鮮やかに体現された。
野村は、昨年の柔道全日本選手権でベスト8進出をロンドン五輪100キロ超級日本代表・上川大樹と争った現役柔道家でもある。その野村に対し、清水は闘牛時のごとき回り込むステップでいなし、ハイキックやアッパーを次々と打ち込んでみせた。
しかも、この試合、清水は177センチ、74.5キロ、野村は188センチ、118キロで、体力指数差は54.5。過去、無差別王者が制した最大の体力指数差は、1991年決勝、加藤清尚(163センチ、71キロ)vs沖見正義(178センチ、98キロ)の42かと思われるので、その記録を大幅に更新している。
空手をルーツにもつ空道にとって〝実戦においては、打撃が組み技よりも有効である。そして、打撃は、小さな者が大きな者を制することも可能にする〟ことの実証は、最大のテーマ。小学1年で大道塾帯広支部に入門して以来「空道以外に武道・格闘技のキャリアがない〝純空道家〟」の清水が、この空道の理想を叶えたことの意味は大きい。
そして、過去、若くして全日本無差別を制した記録といえば、長田賢一の21歳(1985年)、藤松泰道の22歳(2002年)、セーム・シュルトの23歳(1996年)がベスト3。20歳の清水は、3人を抜き、30年振りに「全日本無差別最年少優勝記録」を更新したわけである。
決勝の清水vs目黒雄太においては、長田をはじめ、山田利一郎、市原海樹、山崎進、稲垣拓一…といった往年の無差別王者たちが紡いできた重厚な打ち合いとは、まったく異質の闘いが展開された。ムエタイのレンチュウ、あるいはカポエイラのような、互いにリラックスして楽しむ空気感。それでいて、スピード感、技のフォーム、反応の良さで、場内をどよめかせる。
清水は準決勝・押木英慶戦で、投げ→ニーインベリー→キメ突きで効果1つ、右ハイキックで有効1つ、決勝・目黒戦では、右ハイで効果1つめ、左上段膝蹴りで効果2つめを奪っているが、この押木も23歳、目黒も22歳であり、なおかつ3人とも空道歴が10年以上……つまり小学生時代に空道をはじめている。野村にしても24歳。國枝厚志(21歳)もあわせて、ベスト8のうち、5名が20代前半となった。空道にまったく新しい時代がやってきたといっていいだろう。
それでも、東孝・全日本空道連盟理事長は、手放しに喜びはしなかった。
「この全日本無差別を制した清水が、ほんの2ヶ月前のアジアカップでは、階級別で、トーナメント序盤で負けている。世界を見据えて考えた場合、海外の選手が3分で体力を使い切る勢いで突進してくるのを、果たして、今日の亮汰や目黒のような互いに距離を保って技を交換しあうスタイルで凌げるのか? その点で、まだまだ安心できない」
今大会、初戦ではパンチ連打、左ミドルなど、打撃で8ポイントを奪って勝利(いわゆるTKO)、〝柔道家が空道に挑んでいる〟というレベルではない修練度を感じさせた野村に対しても「パンチに頼りすぎで、蹴りのフォームやキレはまだまだ。もっと打撃を磨かなきゃダメだ」と厳しい。
そう、浮かれてはいられない。
目標はあくまでも2018年の世界選手権。
U19から次々と一般部へコンバートしてくる新鋭たちと、フルコンタクト空手ルールでの色帯時代を過ごしたベテラン世代とで、美しき組手、怒涛の組手、それぞれをぶつけ合いながら、世界に通じるスタイルを完成させていくためには〝あと3年〟は、もはや短すぎるくらいの時間なのだ。
加藤久輝がMMAの世界から凱旋してきたとき、彼がかすんでみえるくらいの状況になっていなければ、ならない。
[試合ダイジェスト]
■男子
決勝 ○清水亮汰vs目黒雄太×
右ストレートのフェイントから右ハイで1つめの効果、組んでからの顔面への左膝で2つめの効果を奪った清水が、延長戦を終えた時点で自動勝利。清水のジャンプしての蹴りを目黒がしゃがみ込んでかわすなど、セオリーを度外視したかのような攻防に場内がどよめいた。清水は、昨年の世界選手権-250クラスで準優勝して以来、ウェイトトレーニングを積み、体重が5㎏ほど増えたという。まだまだ、伸び盛りのようだ。清水が優勝したことで、自身のもっていた全日本無差別最年少優勝記録を塗り替えられた長田賢一は、そのこと自体には「更新されて嬉しいですよ」と笑顔をみせながら「そんなことより、こんな(凄い)試合は初めてみました」と、二人の動きに感心しきりだった。
準決勝 ○清水亮汰vs押木英慶×
本戦で支釣込足→マウント、延長で投げからのキメ突きで効果1、右ハイで有効1と、清水が完勝。しかし、ハイキックの打ち合いでは押木も負けてはいなかった。
準決勝 ○目黒雄太vs田中洋輔×
延長終盤では、田中がニーインベリーからのキメ突きを放つ場面もあったが、ポイントには至らず。右ストレートをフェイントにしての右ハイで効果1を奪うなど、トリッキーな攻撃で展開を支配した目黒が延長で判定勝ち。準々決勝まで、ガッチリと組んでからのテイクダウンで相手を封じ込めてきた田中に対し、目黒は、首相撲から膝を支点に崩し、逆にテイクダウンを奪っている。トリッキーなスタイルに秘められた、力の抜き方やタイミングの見極めのよさが垣間見えた。
準々決勝 ○押木英慶vs小芝裕也×
体力指数が小芝228、押木256。体力指数差が20以上30未満のため、離れての金的蹴りあり、組んだら手技打撃は禁止(蹴りはOK)で行われた対戦。押木がリーチの差を活かし、蹴り技でいなし、延長で判定勝ち。
準々決勝 ○清水亮汰vs野村幸汰×
清水は、本戦で、パンチ連打で効果1を奪った一方、場外際まで下がる組手によって警告を、延長戦で反則1を宣告されている。延長での判定は、副審3名が清水を支持し、副主審は引き分け、主審が清水を支持する裁定で、清水の勝利となった。野村の前進に対し、前蹴りやテンカオを刺し、サイドステップで回り込む清水の巧みさに場内は沸いたが、実際のところ、あと少しで引き分け再延長となる裁定だったわけだ。体力指数差が大きい対戦の場合、体格の小さな者の方に声援が集まるものだが、そういった要素に流されず、公平な審判が行われていたことのあらわれかと感じる。
準々決勝 ○田中洋輔vs國枝厚志×
投げからマウントパンチで効果→腕十字で一本。田中がもはやクラシカルともいえる連繋で完勝した。地区予選では、接戦の末、田中が判定勝利を収めており、より明確なかたちで返り討ちにしたかたちだ。
準々決勝 ○目黒雄太vs加藤和徳×
167センチ、65キロの目黒雄太が、181センチ、82キロの加藤和徳(2014全日本-260クラス優勝)を度々投げ捨て、清水同様に〝小よく大を制す〟理想を体現した。体力指数差30以上により、離れた状態で、手技・足技での金的攻撃あり、片方が掴んだら一切の打撃禁止のルールで行われた対戦。これまで首相撲からの崩しで何度も相手をテイクダウンしてきた加藤を、目黒は背負投で投げ、絞めまで狙う。打撃でも互角に渡り合い、延長フルマークの判定勝利を収めた。
3回戦 ○小芝裕也vs渡辺慎二×
53歳にして全日本選手権で2回戦(初戦)を勝利し、3回戦進出。毎年、最年長全日本勝利記録を更新し続ける渡辺に対し、小芝は、右上段前蹴りやバックブローを的打。ベスト8進出を決めた。小芝裕也のベスト8入りと、渡部秀一得意の寝技での一本勝ちポイント、辻野浩平の1勝が〝合わせ技〟となって、今大会、大道塾岸和田支部が「優秀道場賞」2位に躍り出た。首都圏や8大都市以外の道場の躍進に、今後も期待したい。
3回戦 ○國枝厚志vs川下義人×
今大会にかんして特筆すべきは「春の階級別大会の全カテゴリーの優勝者が秋の無差別大会に顔を揃えた」ことである。本来、階級別大会の王者が、その年の無差別制覇に挑む、そして、翌年の階級別大会にディフェンディングチャンピオンとして出場することは〝責務〟だと思う。だが、実際には、それを完遂する者は多くはない。そういう意味で、今回、國枝に敗れた川下義人(2015全日本-240クラス優勝)、杉浦宗憲に敗れた加藤智亮(2015全日本-250クラス優勝)、清水に敗れた山田壮(2015全日本-260クラス優勝)の奮闘は評価したい。川下と國枝との試合は、旗の割れる接戦であり、美しく激しい闘いだっただけに、240クラスの両者の今後の凌ぎあいに期待したい。
3回戦 ○清水亮汰vs山田壮×
実は優勝した清水亮汰を一番苦しめたのは、山田壮だったかもしれない。山田がハイキックをヒットさせるなど、本戦終盤まで互角の攻防。タイムアップ間際にニーインベリーからのキメ突きで清水が効果を奪い、判定をモノにした。
3回戦 ○加藤和徳vs渡部秀一×
もはや恒例ともいえそうな加藤の打撃vs渡部の寝技。今回の対戦では、襟絞め、アキレス腱固めと、2回の寝技の攻防それぞれで渡部が技のかたちに入ったが、極めきれず。自ずと打撃に勝る加藤の勝利となった。
3回戦 ○野村幸汰vs清水和磨×
2006年全日本無差別準優勝の清水が復帰し、野村に挑むも、腕絡みで秒刹されてしまった。
2回戦 ○川下義人vs神代雄太×
今春の240クラス王者、川下に対し、神代は気持ちで負けず、打ち合いでは互角。膝に合わせた支釣込足を再三決め、効果1つを得ていた川下が勝利を得たが、23歳の神代に勝った川下が18歳で、川下に勝った國枝が21歳で、國枝に勝った田中が28歳で、みな-240クラス。今後のこの階級のライバルストーリーに期待したい。
2回戦 ○杉浦宗憲vs加藤智亮×
一進一退の攻防。両者は今春の体力別でも互角の攻防を展開し、その際は加藤が勝利を収めたが、今回は杉浦に旗が上がった。
2回戦 ○清水亮汰vs熱海龍×
清水は、内股からニーインベリー→キメ突きなどで、効果2つを奪取。投げてから相手の腕を括ってのキメ突き、ヒザ十字など、多彩な攻撃をみせた。
2回戦 ○野村幸汰vs豊田将希×
パンチ連打、左ミドルなどで野村が効果2、有効1、技有り1。8ポイントを先取し、試合を終わらせた。大会前の展望記事は〝野村の組み技を、打撃でいかに封じるか〟というテーマで展開したが、試合をみて「野村選手、すみませんでした!」の感あり。半年前の世界選手権時に比べても、ムエタイスタイルの構えでのプレッシャーの掛け方など、打撃のクオリティーが格段に上がっており、もはや〝打撃対策を覚えた柔道家〟ではない。本人も「空道をやるからには空道家になりたい」と語る。
■女子
決勝 ○大谷美結vs今野杏夏
女子クラスを制した大谷美結は、東海大柔道部時代、野村の一学年先輩。野村同様、春の大会からは格段に進化した打撃をみせていた。ガードをしっかりと上げ、上段蹴りのキレる今野と互角に打ち合う。一方で、背中を掴んで組めば、前方への投げ技を仕掛け、今野に踏んばらせてから小内刈りを再三決めた。バックマウントからのパンチをみせる場面もあり、延長判定勝利。柔道に打ち込んでいる頃からMMAには興味があり、高校・大学の先輩である須貝等(ソウル五輪日本代表)氏と菅原英文・札幌西支部支部長が知り合いであったことから勧められ、空道に取り組みはじめた大谷。女子は世界の舞台において、日本の選手が旧ソ連圏の選手に歯が立たない状況だが、大谷自身「世界大会を目標にしています」と目を輝かしているだけに、楽しみだ。一方の今野は、前回、大谷と組み合うのを避ける戦略で勝利を収め、今回は真っ向勝負で組みに出ていた。成長期に、1度勝った相手に対して、こういったチャレンジをすることは、推奨したい。当然、大谷や野村の活躍をもって「柔道をやり込んできた者が1年間打撃を磨けば、8年、10年、空道を専門に練習してきた者を凌駕してしまう」という評価は受ける。これを個人、そして空道全体の屈辱と感じ、心のバネにして、技術的・体力的成長を得てこそ、今回のチャレンジは意味を成す。今後一層の努力に期待したい。
リーグ戦 ○大谷美結vs大倉萌×
技術的には歴代女子選手の中でもトップクラスのバランスのよさをもつ大倉に対し、大谷は投げからキメ突きで1つめの効果を奪い、腕十字を極めかけ、パンチで2つめの効果を奪った。
■その他のトピック
入賞者
右から、川下義人(特別賞)、小芝裕也(7位)、加藤和徳(5位)、田中洋輔(3位)、清水亮汰(優勝)、大谷美結(女子優勝)、目黒雄太(準優勝)、押木英慶(4位)、野村幸汰(6位)、小芝裕也(7位)、國枝厚志(8位)、渡辺慎二(特別賞)
ジュニア全日本選手権入賞者
ベスト8進出者は、抽選により準々決勝の組み合わせを決めた。
栄光の北斗旗を手にした清水
カメラを向けられて、この旗を手に微笑むのも、新世代ならではの感覚か。
得点ボード
写真は野村幸汰vs豊田将希、試合終了時の状態。効果2、有効1、技有1で、一本に相当する8ポイントとなったことを示す。