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ロシア遠征記

多田英史

現在、私が制作しているムック『ドラゴン魂』で避けては通れない取材対象が2人いた。一人はすでに亡くなっているが梶原一騎先生。もう一人は私の先生、東孝塾長。一方が『空手バカ一代』によって私の運命に方向性を与えたならば、もう一方は『大道塾』によって私の運命を決定付けたと言っていい。この詳細に関しては『ドラゴン魂』本誌にて書こうと思う。

手前味噌で申し訳ないが、実はこの四年間、私は『ドラゴン魂』にかかりっきりになっていた。齢四十代に突入した時、私はある日、自らかを映す鏡の前で茫然としたのだ。かつて修練の証として誇らしげに隆起を湛えた筋肉の美はすでになく、分厚い脂肪と張りを失った醜い皮膚に覆われた醜悪で不細工なオッサンをその鏡の中に見つけた時の衝撃を想像して頂きたい。

私は『ドラゴンスピリッツ』(朝日新聞出版2011年刊)というムックを以前制作したことがあったが、このムックをリニューアルして、あらゆるものにチャレンジする挑戦型実験マガジンを作ろうとする着想はその衝撃から出たと言っていい。己自身を実験台にして、不細工なオッサンを再度、青春の渦中にたたき込んでしまえ。そこには、私自身をかっこいいオッサン、惚れ惚れするようなストイックなオッサンにしてしまえ!という思惑もあったと告白しておこう。

そこで私は制作に取り掛かろうとしたが、まずその“挑戦するマガジン”に哲学を与えなくてはならない。その哲学は私というフィルターを通してこの世に現出するのだ。リニューアル1号目の表紙は故に梶原一騎であり、中身は大道塾の塾生としてあらゆるものに挑戦する私なのだ。そういうわけで、私は四年前に肉体を鍛える事、そして武道、武術の稽古を復活させた。29歳で独立して以来、社会の荒波にもまれ、理想とは正反対の金!金!金!の世の中に投げ出された十年のブランクは予想以上に重症だった。自分なりに少しずつ鍛えて、精神的なリバウンドを繰り返しながら、なんとか体験取材に耐えられる身体になった今年に入って、私はようやく取材を始めたのだ。現在、身心共に良好。『ドラゴン魂』の取材と編集に没頭しているというわけです。

長々と宣伝まがいな文言を並べてしまったが、今回ロシア遠征で先輩方が私の顔を見て「なんで撮影しとるんや?お前、何で来たんや?」的な質問を受ける度に「いや~、『ドラゴン魂』ですよ!ドラゴン」というあいまいな返答に終始したのも、口下手な私は、そういう主旨を長々説明することが出来なかっただけで、「おかしな奴やなぁ~」と思われていると思いますので、この場を借りて説明させてもらった次第です。

今回、東先生がロシアに行くという話を聞いて、すぐに「自分も行っていいですか?!」と反射的に申し出たら先生が「ああ、いいよ。来いよ」と反射的に言われた。出発まで1か月を切っていたのでロシアのビザ取得にはちょっときついなと思ったが、その時、直感で行くと言ったのは、ロシアでの空道のメジャーぶりを私は知っていて、それをいつの日か私の媒体で、私流に紹介したいと思っていたからだ。

私は過去ロシアに7度取材で行っている。その度に『空道』という競技の浸透具合を肌で感じていた。この浸透ぶりは日本の比ではない。かなり多くの場所で、実際に『KUDO』という文字を見かけたし、メディアにもかなり露出している。その度に私と一緒にいるスタッフに「おい、コレコレ。これがワシが青春をかけた大道塾の空道じゃ!どうや!」とドヤ顔で自慢したりして、少々気分が良かったものだ。

今回念願かなって遠征に同行できたのは本当に貴重な体験だった。私は支部長でもないし大道塾という組織の何らかの役員でもなく、今となっては単なる大道塾・練馬支部道場生だが、支給された大道塾ネクタイをしてスーツ姿で試合会場を歩くと、いささかアドレナリンが出ているのか、会場に詰めかけた観客が自分のことを「あ!本場の日本から来た大道塾空道の関係者だ!」という羨望の眼差しで見ているという妄想に囚われた。ここでもドヤ顔で歩いている己がいるわけだ。

おまけに「あ!あのロシア美人が俺に熱い眼差しを送っている!送っているぞ!うん!」という、ここまで来るとほとんど幻覚を見ているような領域なのだが、アドレナリンが引っ込んだ今となっては噴飯ものですな。単に不気味な薄らハゲのヤポンスキー(日本人)が不審な動きをしていると思われているに違いないという被害妄想を今さら抱き始めている自分。病気かもしれんな。夜、自宅の布団の中で思い出し身悶えしている始末。

さて、現場では、「こんな舞台で戦える選手がうらやましい!」と思ったものだが、試合を見ていくうちにそんな気は引っこんでしまった。「ロシア人、メチャクチャやりおるなぁ~」というのが私の印象だ。その原因だが、当たろうが当たるまいが、そんなことは関係なしで乱打されるロシアンフックは、距離がある場合の戦いでは確率の問題として有効で、組んだら馬力で投げてくる。基本的に三分という試合時間で決着をつけるルールではファイターが勝つ確率が高いのではないかと思わざるを得なかった。離れて確率で戦い、組んで馬力。この方法論を破る戦い方をしないと日本はロシアには勝てないような気がした。まあ、私は技術の専門家ではないので、印象でしか語れないが、そんな気がしました。

それにしても、試合終了後の東先生のモテっぷりは想像をはるかに超えていた。まさに揉みくちゃ状態。ロックスター並みである。若い女性に囲まれてキャーキャー言われながら記念撮影をせがまれる先生は、奥様にそういう場面を見られていないか、気にしながら奥様のおられる方角をチラチラ見ていたが、私がそういうシーンをビデオで撮っているので無駄な抵抗なんですよね。ちょっと頬をピンクに染めちゃったりして、そういう先生のチャーミングな魅力も人気沸騰の秘密かもしれませんね。ちなみに今回撮影したビデオは全部で10時間くらい。結構酔っぱらっていたのに、我ながらよく撮ったものだと感心しております。

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更新日 2014.6.19